2022年11月30日にChatGPTが発表されたことを皮切りに、生成AIへの注目度が急速に高まりました。テキストベースのチャットに限らず、AIへの指示文であるプロンプトを元に画像を生成する技術なども急ピッチで発展を遂げつつあります。
今回は、生成AIをブランディングに活用することは可能か、企業による実際のプロモーション事例なども紹介しながら紐解いていきます。生成AI活用の可能性に興味のある方はもちろんのこと、ブランディングへの活用方法を模索している方は、ぜひ参考にしてください。
はじめに、ブランディングと生成AIの関わりについて現状を押さえておきましょう。ブランディングと関わりのある分野で生成AIがどのように活用されているのか、まずは実態を知っておくことが大切です。
結論からお伝えすると、2024年3月時点で生成AIのブランディングへの活用は発展途上の段階にあります。現状では確立された活用方法は存在しておらず、生成AI活用による効果も未知数です。
そもそも生成AIとは、ユーザーが入力したプロンプトを解析し、あらかじめ学習した大量のデータから関連性が高いと予測される特徴を抽出して、回答を生成する仕組みで構築されています。生成AIの本来の機能としては「関連性を予測する」ことに過ぎなかったものの、パラメーター(人間の脳内神経回路であるシナプスに相当)を大幅に増やしたところ、開発者さえ予測していなかった回答を導き出すようになったのです。
このように、現状では生成AIそのものが急速に進化を遂げつつある段階であり、完成された技術ではありません。したがって、ブランディングへの活用方法に関しても手探り状態となっているのが実態です。
一方で、用途を限定した活用であれば、すでに生成AIの業務利用は始まっています。一例として挙げられるのが、コンタクトセンターのBPOサービスを提供する事業者における生成AIの活用です。
同社では、コンタクトセンターで日々大量に交わされる音声通話に関して、通話内容の文字起こしや要約を生成AIによって実現しています。従来は通話終了を終えたのち、オペレーターが通話内容をシステムへ入力していました。生成AIを駆使してこの工程を自動化したことにより、対象業務に要していた時間を5割近く削減することに成功しています。オペレーターの負担が軽減されたことに加え、通話履歴の記録の質も向上しました。
AIには大きく分けて「汎用AI(強いAI)」と「特化型AI(弱いAI)」の2種類があります。汎用AIとは状況や事柄を自律的に判断できる、人間のような知性を備えたAIのことです。現状、汎用AIは研究段階であり、民間企業や消費者向けの一般的なサービスやプロダクトには搭載されていません。生成AIを活用したサービスを含めて、現時点で実用化されているものはすべて特化型AIです。したがって、コンタクトセンターの事例のように用途を限定して生成AIを導入するのは合理的な活用方法といえます。
ブランディングへの生成AI活用は発展途上の段階にある、という前提を踏まえた上で、生成AIの特性とブランディングへの活用の可能性を探っていきます。一例として、次に挙げるような活用方法が想定されるでしょう。
画像生成AIによってつくられたコンテンツの中には、人が通常考えつかないような構図やビジュアルのものが含まれているケースがあります。生成AIはすでに人が制作するコンテンツを「模倣」する範疇を超え、人間とは異なるベクトルへと進化を遂げつつあるのです。
AIが生成したコンテンツをそのままクリエイティブへと利用できるかどうかはともかく、アイデアの幅を広げるという意味においては有意義な活用の仕方ができる可能性があります。たとえば、画像生成AIに素案を大量に生成させ、それらの提案からヒントをくみ取ることはできるでしょう。身体性を伴わないAI特有の表現は、ともすれば多くの人に違和感を与えるかもしれません。見方を変えれば、従来は考えつかなかったアイデアを得られる可能性もあるのです。
生成AIを活用することで、人が描けば膨大な時間を要する作画をわずか数十秒でこなせます。制作工程を大幅に削減し、効率化できる可能性を秘めているのです。
たとえば、デザインの素案をデザイナーに依頼する場合、ラフであっても制作には一定の時間を要するはずです。一方、生成AIであれば何点でも欲しいだけ素案を制作できます。制作を依頼する側としても、相手がデザイナーであればデザインの修正や描き直しに関して遠慮や妥協が生じかねません。これに対して、相手がAIなら躊躇することなく何度でもやり直しができるのです。試行錯誤をためらいなく繰り返せるようになることで、結果として制作物がよりいっそうブラッシュアップされていく可能性は十分にあるでしょう。
プロンプトを頼りにユーザーの意図を推測し、学習データを組み合わせてアウトプットする生成AIの特性を効果的に利用した、プロモーションの事例を紹介します。
ある調味料メーカーでは、自社製品に関するあらゆるプロンプトを生成AIに与え、それらの情報を元に製品の外観画像を生成させました。生成された画像は同社の製品イメージや特徴を捉えたものでしたが、いずれの画像も本物の製品とは少しずつ異なっていたのです。
同社ではこの興味深い結果を逆手に取り、「本物であることの重要性」を強調するプロモーションへとつなげました。生成AIに特有の不確実性に対して人間が独自の解釈を加えたことにより、ユニークなプロモーションを実現した好例といえるでしょう。
生成AIのブランディング活用について、現状と今後の展望を考えていきます。生成AIの活用を検討している事業者の方は、自社が想定している活用方法のブラッシュアップに役立ててください。
生成AIのブランディングへの活用は、現状では事例が少なく目新しいものとして多くの生活者に映る可能性は十分にあります。一方で、前章にて紹介した調味料メーカーの事例においても顕著であるように、「生成AIが駆使されている」といった一過性の話題づくりに寄与したとしても、持続的なブランディング施策として功を奏するかどうかは不透明です。
したがって、少なくとも現状では、生成AIの活用が中長期的なブランディングにつながるかどうかは未知数と言わざるを得ないでしょう。生成AIのブランディング活用はあくまでも単発の施策と捉え、持続的な効果を過度に期待しないことが大切です。
ブランディングを成功させる上で「ストーリー」や「文脈」は欠かせない要素です。生成AIを活用していない従来のブランディング施策のうち、こうしたストーリーや文脈が長年にわたって効果を発揮している事例を紹介します。
和菓子の製造・販売を手がける老舗メーカーでは、伝統的な和菓子づくりの技術を重要なブランディングの軸として位置づけてきました。商品にはパッケージも含めて日本特有の自然の美しさや季節の移ろいが表現されており、それらが老若男女を問わず人々の心を捉え続けているのです。
こうした格式の高さや顧客の心の奥深くに刻まれている信頼感は、短期間で容易に「生成」できるものではありません。商品デザインのみならず、店舗での丁寧な接客、行き届いた店舗デザイン、贈答品として誰もが認める品質が総体となってブランドを形成しているからです。
現状の技術レベルを踏まえると、たとえ生成AIが進化しても伝統的な慣習・歴史といった長い時間軸を織り込んだストーリーを生み出すのは困難でしょう。多くの生活者の心を捉え、長年にわたって愛され続けるブランドを構築するには、人の介入が不可欠です。
冒頭で述べたとおり、生成AIを支える技術の核心は「関連性を予測する」ことにあります。大規模言語モデル(LLM)は本質的に「確実性」「順応性」を重視している一方で、虚偽の文章をあたかも事実であるかのように生成する「幻覚(Hallucination)」と呼ばれる現象も数多く確認されているのが実情です。
こうした現象は、一般的には生成AI活用のリスクや注意点として喧伝されています。しかしながら、ブランディング活用という視点で捉えた場合、生成AIが生み出すコンテンツの「不確実性」や「違和感」が、人間には構築し得ない新たな感覚として受容されていく可能性は十分にあるでしょう。人間が感じ取る「意外性」をどこまでチューニングできるかが、生成AIのブランディング活用が実現するかどうかを決定づけていくのかもしれません。
今回考察してきたとおり、生成AIのブランディング活用は発展途上の段階にあり、現状では決定的な活用方法の確立や効果の立証はなされていません。一方で、従来のブランディング施策とは異なるベクトルにおいて、生成AIの特性が活用されていく可能性は十分にあります。ブランディングにまつわる企画立案やプロモーション施策において、生成AIの活用を少しずつテストし始めてみてはいかがでしょうか。